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自家製酵母パンとやさしいおやつを作ったり、食べたり、教えたり。
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はじめてのおでかけ
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実のはじめてのおでかけは田んぼ。
秋山農園の田植えのお手伝いです。
出産前から田植えはぜったいに参加したいと思っていたので、まだ時期早々でしたが、ベビーカーに乗せて畦で子守りしていました。
久しぶりの外出(病院以外)でとっても嬉しかったし、土に触れたり、命がキラキラ輝いている野菜たちに触れて、元気を頂きました。

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実際はワタシはまだまだお役に立つこともできず、お昼を食べに行ったというのが本当のところ。
ごちそうさまでした。

急なお誘いでも快くお手伝い頂いたみなさま、本当にありがとうございます。

実のためにも自分たちの食べる物は少しでも自給したいです。
だから畑でのお手伝いはこれから先もずっと続けてゆきます。
そして、不安なときは市民測定所などで、放射性の検査をします。

母親のワタシにできることは、家族の健康を守ること。
そのために、できることをできるだけやってゆきたい。。。
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by soyamilkcafe | 2012-06-29 13:50 | みのり
おしごとのこと
そろそろ社会と関わりを持ちたくなってきた今日この頃。
ワタシの体はずいぶんと回復して、万年寝不足にも慣れてきました。

お仕事を今までと同じようにすることは、たぶん不可能です。
お教室もうんと数を減らして、内容も見直さないとなどと考えています。。。。
お店はパンをメーンにするのも少し難しいかなぁ。。。

実が産まれて、あらためて食べることの大切さや、食べ物の影響などをひしひしと感じています。
パン屋という形でimaをはじめましたが、やっぱりパンは食事として毎日食べるのは少し負担が大きい感じがします。
ストックしておいた我が家のパンたちは、産後の体には重く感じて食べることができませんでした。
小さい子などが自家製酵母パンを好まないのもなんとなくわかる気がします。
もう少し軽い。。。
やわらかいエネルギーのほうが、いいな。って。

それと、産後1か月ほどはほとんど何もできないので、そんな時に小腹が減ったら気軽に食べられるおやつがあると嬉しいな。と思いました。
自画自賛でお恥ずかしいですが、自分の作ったお菓子が食べたいと何度も思いました。
やっぱり市販のお菓子で気軽に食べられる物がやっぱり少ないので。。。
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今、漠然とお菓子の通販をはじめようかな。と思っています。
小さい子がいて買い物にも行けない、とか。
ちょっとした贈り物に、とか。
もちろん、imaでも販売します。
もう少し営業日を増やして、食材の販売ももっと充実させて。
お教室は、もっと実践的なことをメーンにして、レシピもうんと簡単にしたい。
頑張ってる人に、ちょっと役に立てるような場所になれたらいいな。

そんな風に今は思っています。

写真はじゃがいもの塩ケーキ。
秋山農園さんの畑で育てさせてもらったじゃがいもがたっぷり入ってます。
おやつにも、食事にも、おさけのつまみにもなるケーキです。
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by soyamilkcafe | 2012-06-28 10:29 |
おやつ
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久しぶりにおやつを作りました。
上が豆富ティラミス、下が杏とリンゴジュース寒天ゼリー。
じめじめと暑い日が続くので、少し多めに作って、息ぬき用のおやつにできるようにストックしました。

授乳中なので、ノンカフェイン、甜菜糖もなし。
甘みはフルーツと米飴です。
混ぜて冷やすだけの簡単なものですが、食後にこういうものがあると嬉しいですね。

いずれレッスンでもやりたいと思います。
お楽しみに。。。。
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by soyamilkcafe | 2012-06-23 16:28 | 日々
すこしづつ
日々を取り戻しています。

とはいえ、まだまだ目の前にあることに対処して行くことに追われていますが、ほんとうにゆっくり、すこしづつ日常の暮らしに体を慣らしています。

今までと大きく違うのはとーっても早起きになったということと、朝ごはんを食べるようになったこと。
授乳をしているとお腹が空きます。目が覚めるとぺこぺこなのです。
そんな時に夫が朝ごはんを用意してくれることもあったりで、とても助かっています。
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これからは実が寝てる間に作り置きのおかずなどを用意してストックできたらいいなぁと思っています。
まだまだ台所にゆっくり立つ時間は持てないけど、やっぱりお料理がしたいな。
お料理を作るのが、ワタシは好きなんだなぁってつくづく感じています。
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by soyamilkcafe | 2012-06-23 16:21 | 日々
おっぱいの味方
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今のところ完全母乳です。
夫が体にやさしい食事を用意してくれるので、母乳はたくさん出ます。
なので実は時々溺れながら飲んでいます。
先日、助産婦さんが訪問してくれた時に計って頂いたら1日に40gほど順調に増えてました。
現在3900gです。

でもやっぱりトラブルもあります。
含ませ方が悪かったり、まだ乳頭が吸われる力に慣れていないのもあって痛くなったり、赤く腫れるようになったりすることもあります。
また不慣れな育児での疲れやストレスで乳腺炎にもなりました。
急に39℃の熱が出てビックリしました。
さすがに病院に行って処置をしてもらいましたが、熱が出てはじめて乳腺炎だと気付きました。
初めてのことだったのでわからずに相当悪化させてしまいました。
我慢強いのも程々にしないと、こういうことになりますね。。。。汗

そんなおっぱいの味方たちを紹介します。
乳頭のトラブルには「ランシーノ」と「ヴェレダ、カレンデュラクリーム」です。
両方とも「ラノリン」という羊毛の油が主成分です。
肌の弱い人も安心して使用できるので、赤ちゃんが含むデリケートな場所でも使用できます。
今はずいぶんと乳頭も鍛えられたのだけど、はじめはやっぱり痛くて痛くて授乳が終わるとランシーノを塗っていました。
ヴェレダのクリームは切り傷などに使用するものなので、乳頭が切れた時に使おうと思っています。
まだ切れるところまではいってません。

乳腺炎予防に「牛蒡子」を頂きました。
これは牛蒡の種です。煎って1日5〜6粒を食べます。
乳腺炎になったあとからはじめたのですが、今のところ再発することもなく順調です。
乳腺炎になった時、張りが酷いときのクールダウンに「里芋粉」や「キャベツ」を使いました。
自然療法ではどちらも有名な熱取りです。
里芋粉は常備しておくと火傷やねん挫、打ち身、気管支炎などの時の対処にも便利です。
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さらし(なかったので手ぬぐいで)に水で練った里芋粉を塗って、これを乳房に当てます。
アイスノンや冷たいタオルで冷やすのでは、表面の熱を下げるだけですが、里芋湿布は内側の熱を吸着するので、おだやかに熱がひく感じです。

乳腺炎にならないようにするのが一番だと思います。
動物性食品や油物をとらないで、ストレスとうまく付き合って過ごすというのが理想です。
実際に動物性食品を食べたあとは胸の張り方が違うので実感しています。
ただ、そんな風に過ごそうと理想に向けて頑張ってしまうワタシは、逆にいい加減でいいや。
と思ってからの方が楽になったし、トラブルも減りました。

気にしながらも、全部は無理だ。
だからたまには羽目を外そう。
でも内部被曝だけはなるべく避けよう。今は一番そこに重きを置いています。
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by soyamilkcafe | 2012-06-23 13:42 | みのり
産褥入院
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優和クリニックでのお産は適わなかったけど、総合病院へ入院中も優和クリニックの先生が様子を伺いに来てくださったり、母乳外来に通ったりとおつきあいを続けさせて頂いています。
そして実の退院後にそのまま優和クリニックで2泊3日の「産褥入院」というものをさせて頂きました。

NICUでは24時間管理された環境で、ワタシは13:00〜20:00までの面会時間しか実に会うことができませんでした。
その時間内で、タイミングが合えばオッパイをあげたり、沐浴をしたり、おむつを替えたりという母親らしい作業が可能でした。
布おむつ、完全母乳を目指していたので、このまま家に帰ったら何もできないかもしれないという不安もあり、家に帰る前の練習として入院しました。

助産師さんにお手伝いをしてもらいながら、オッパイのくわえさせ方、抱き方色々を練習しました。
夜中もオッパイをあげる度に助産師さんに来てもらい、オッパイが上手に飲めるようにみてもらいました。
入院中は黄疸も出ず、母乳だけでしっかり体重も増えました。
ママであるワタシの食事もとても考えられた献立てで、盛りつけも美しく、丁寧に調理された滋味豊かなお料理でした。

美味しいごはんと、きめ細やかな心配り。
まるで温泉旅館に来ているような2泊3日でした。
先生をはじめスタッフのみなさま、本当にお世話になりました。
おかげで自信を持って母乳育児に臨めます。

こんなステキな産院がもっともっと増えたらいいのになぁ。。。。
もしくはこういったサポートができる施設があったらいいなぁと思いました。
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by soyamilkcafe | 2012-06-12 09:20 | みのり
おいしいおっぱいの味方
総合病院への入院で一番困ったのが食事。
今まで避けていたもの。。。
マクロビオティックの観点から避けていただけでなく、放射線に汚染されたものを避けたいという思いから、食べないようにしていた肉や魚、卵、乳製品がほぼ毎食でる献立でした。
病院の食事は栄養学からの観点ですし、予算の問題もあるので、その中で献立を作るのは大変なことだとは思います。
でも我が子の食べるものはなるべく放射線に汚染されたものではないようにしたい。
我が子の体を守りたい。
そしておいしいおっぱいを作れるように、おいしい血液を作りたい。
腸を整えて、消化の良い物をメインに食べたい。。。。
でもワタシは入院中。。。。調理はとてもできません。

そんなワタシを支えてくれたのがnoonさん、nuanさん、秋山さんでした。
日替わりで食事の差し入れをしてくれたのです。
お産前から、お産後、さらに退院後。
3週間もの間おいしいおっぱいのためのごはんを運んでくれました。
おかげでとってもとってもおいしいおっぱいが出ています。
実もおっぱいが大好きで、いっぱい飲んで、いっぱい質の良いうんちをしています。

このご恩はどんなふうにしてお返したらいいのか。。。。
本当に、本当に感謝しています。
実と一緒にみんなの老後のお世話します!!!

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by soyamilkcafe | 2012-06-12 09:15 | みのり
1ヶ月
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早いもので実が産まれて1ヶ月。
それまでとは世界がガラッと変わって、ワタシも新しく産まれたような感じです。

たくさんオッパイを飲んですくすく育っています。
不安や心配は尽きないけれど、日々を大切に過ごしてゆきたいと思います。
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by soyamilkcafe | 2012-06-11 08:29 | みのり
くるくる
お産はそれまでの人生の集大成などとも言うらしいですね。
食や生活を見つめ直して7年目にして授かった命。
ただそれまでの乱れた生活、育った環境、考え方などなど。。。
快適すぎた妊婦暮らしから、自分でも想像もしていなかったような壮絶なお産。
やはり一筋縄ではいきませんでした。
そして過ぎてしまったことを忘れ、今の自分なら大丈夫だと奢った心があったのも痛感させられました。
自然な方法で、自然に沿った暮らしをして、自然な食事をして、自然な物を身にまとって。
そんな風に意識している今の自分なら、自然なお産ができると思い込んでいました。
でもやっぱり過去の習慣や癖、思い込みなどにとらわれていた部分も多いし、自分に甘い部分も多かった。
だからこのようなお産になったことも、ワタシにとって大切な気付きをたくさん与えてくれたのだと思うようにしています。

でも、本音は自然に産みたかった。きっとその思いは一生消えない。

医療行為をもっと早く受け入れていれば。。。。
そんな風に後悔することもある。

自然の法則に従えば、産まれてこなかった命だったんじゃないか。。。。
そんな風に思うこともある。

くるくるまわる頭の中


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by soyamilkcafe | 2012-06-09 15:00 | みのり
りんね
実が産まれて2日後。

父が死んだ。

あまりにも色々なことがいっぺんにあるものだから、これは夢なんじゃないかって思った。。。

実が産まれる前日、どうしても家に帰りたいと言う要求で一時帰宅していた父は、時々意識が遠くなりながらもなんとか会話ができるレベルだったようです。
実が産まれたことを伝えると「やっと出てきたんか」と言ったそうです。
そして実が産まれた翌日に様態が悪化して病院へ。
翌日、母に見守られながら静かに息を引き取ったそうです。
苦しむ様子もなく、息が遠くに遠くになって。。。。

母が「あんた、私に言うことがあるんじゃないの?」と言っても返事はなかったそうです。
最後まで「苦労かけたな」とか「世話になったな」とか感謝の言葉もなく逝った父。
ものすごく父らしいと思いました。
入院中のワタシは通夜も告別式も出ることができず、病室でひとり父の旅立ちに心を送りました。
病院に行った時には既に末期の肺癌だった父。
そして抗がん剤治療で効けば半年と言われていた通り、抗がん剤治療開始から7ヶ月でその人生をとじました。
1度目の抗がん剤治療は体力があったのでずいぶんと回復して、好きなタバコも酒も楽しむことができました。
2度目の抗がん剤治療ではずいぶんと体力も落ちてしまい、日に日に弱ってゆく様子でした。
最後の最後まで下の世話はされたくないというプライドからか、弱った足で自力でトイレに行っていたそうです。

初七日の夜、ワタシの夢に父が出てきました。
何も言わずに立っていたので「あれ、お父さん死んだんじゃないの?」とワタシが言うと、すっといなくなりました。
死に目にも会えず、お葬式にも出れずだったのでさよならを言いに来てくれたのかな。。。。
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65年。
短いけど、濃い人生だったでしょう。
お父さん、ありがとう、おつかれさま。
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by soyamilkcafe | 2012-06-09 14:05 | 日々